東京・大塚に店舗を構える地酒屋こだま。店主の児玉武也さんは、脱サラして酒屋を始めたという異色の経歴と、溢れる日本酒愛から、この業界ではよく知られた存在です。そんな児玉さんに対して、恐れ多くも私、酒井がインタビューを申し込んでしまいました!
きっかけは、カンパーニュというパンと日本酒をペアリングさせたこの記事。
このとき、児玉さんに酒選びのアドバイスをいただいたんですが、それが見事というほかなく。もっとこの人の話を聞いてみたい!いや、聞かなきゃいけない!むしろこのインタビューは日本酒ペアリングのメディアを運営している人間としての責務である、と思わせるに充分なものでした。
児玉さんはご自身の勘や経験から感覚的にこうしたアドバイスやチョイスをしているんですが、これをもっと掘り下げて論理的に解説できれば、誰もが真似できるところまで一般化することが可能になります。それが日本酒の楽しみ方をさらに広げることにもつながると信じてインタビューを申し入れた次第。
というわけで、前置きはこのくらいにして早速始めましょう。
話し手:児玉武也
地酒屋こだま店主。2010年に日本酒専門の酒屋を開業。酒屋の経営以外にも酒の会の主催や、月に二回オープンの呑み処「魚とおばんざい ちょこだま」の営業など多岐にわたり活躍。その他プロフィール詳細はこちらから。
聞き手:酒井辰右衛門
当サイト運営者。SAKE DIPLOMA、国際唎酒師。プロフィール詳細はこちらを参照。
地酒屋こだまがスタートするまで
酒の会から助走が始まる
今日はよろしくお願いします。
ざっくばらんな話の中で、ペアリングや今後の日本酒の在り方についてのヒントが得られればと思います。
了解です。こちらこそよろしくお願いします。
最初に来歴というか、地酒屋こだまを始めた経緯を聞かせてください。
店をやる前は会社員として中古車販売の仕事をされてたんですよね。まずそれを辞めようと思ったのはなぜですか?
うーん、いわゆるブラック企業だったんだよね。
今でもたまに夢に見ちゃうくらい。
ああー、そうだったんですか。
まあ本当に大変で…。ただ、そこは細かいこと話しても仕方ないんだけどね。
で、そこに勤めてる時期の後半、2007年ごろにジャズさん(※)と四季酒の会(よきさけのかい)ってのを立ち上げたんですよ。
その当時は純米酒じゃなきゃダメとか、大吟醸は燗しちゃいけないとか、どっちかというと古い考え方に支配されている人や店が多く見えたのね。
だから、もうちょっと広く偏らない視点で日本酒を広めていく活動が必要なんじゃないかと思ってて。
(※ジャズさん:現在は四谷の日本酒BAR オールザットジャズの店主)
酒屋を始める3年前ですね。
その会はまだ続いてるんですか?
うーん、解散はしてない。開店休業中。
バンドでよくあるパターンだ。
そうそう。しかし3年間で50回以上やったなあ。
月1以上のペースだね。
それはすごい。
で、そうやっていろんな会をやっているうちに蔵元さんとも仲良くなっていって。
それが大体小さな蔵なのよ。大きくて売れてる蔵じゃなくて。
そもそも売れてるものとかが好きじゃないんだよね。
判官びいき的な。
そう、そういう元々の性格があるから。
それを3年繰り返していくうちにどんどん密度が濃くなっていったんだよね。
そこからどう酒屋に繋がっていくのか興味ありますねえ。
つなやさんからの誘い
その当時はブラック企業で働いていて、もう日常の生活としては最悪で、ちょっと言い過ぎかもしれないけど鬱の手前の状態。
ただ、日本酒の会の活動してるときだけはすごい元気だった。
そこに救いがあったんですね。
そうだねー。それで、なんとか日本酒を仕事にできないか一生懸命考えたの。
だけど、日本酒って商売にしづらいのよ。
飲食店もなんか違うし、日本酒の会も仕事にはならないし、何をやればいいんだろうと。
わかります。本当に難しい。
で、実は今のこだまの場所に、つなやさんっていう酒屋があったんだけど、そこの会津の酒を広めていく会のお手伝いなんかもしてたわけ。
それが2009年に突然「児玉君さ、僕、来年店を辞めようと思うんだよ。でね、児玉くん(代わりに)店やらない?」って声を掛けられて。
それは渡りに船じゃないですか。
いや、でも最初は酒屋はないない、って思ったの。酒屋って自分の扱ってる蔵しか応援できないじゃない。
日本全国のいろんな蔵を応援しようという活動をしてきたのに、たかだか何十種類の蔵限定になっちゃうのか、狭い仕事だなーと。
あーなるほど。
だけど、まあチャンスだよね。それに既存の酒屋の概念にはない新しい店を自分で作っていければいいかもって思ったの。
で、2~3カ月考えて「じゃあやらせてください」って返事をしたのね。
店に置く酒の基準
売ってあげたいと思う酒を売る
お店に置く銘柄はどういう基準で選んでるんですか?
すげえアバウトだけど「売ってあげたい!」って思う酒かな。
なるほど、じゃあ酒質は…?
酒質はねえ、世の中に出して大丈夫ならOKっていうのが自分の中にあって。
つまり美味い酒しか売らないとか、そういうわけじゃないんですね。
そうなんだよ、ていうのは、店頭に出すまでに3-4年付き合ってる蔵がいくつもあるのよ。
この子の酒すげえ売ってあげたい、でもこのままじゃちょっと置けないよなって時にどうしたらいいのか。
向こうも向こうで俺を信頼してくれた場合のみだけど、年に何度も蔵に行って話したり試飲したりして。
言い方が偉そうになったら申し訳ないんだけど、育ててるというか。
だから取引もしないのに通ってる蔵もあるんだよね。それで段々酒質が上がってきて、お、良くなったじゃん!で初めて取引スタートする蔵がいくつもあるわけ。
やっぱりさ、酒に未来が見えるかどうかなんだよね。
えーっ、そこまでやられてるんだ。すごい。
酒より人
もちろん酒質もあるんだけど、やっぱり人のほうが大きいんじゃないかな。
実際酒質はいいけど人がダメで取引やめた蔵もあるからね。
単純に合わない人とは仕事したくないですもんね。
会社員だと「やりたくない」なんてのは通らないんだけど、俺はブラック企業で過ごしてきてここにいるので。
店を始めるときに決めたのが「我慢しない」ってことなのよ。「ワガママを言う」ってことじゃなくて「嫌なら我慢してまでやらない」って。
そういう意味でも蔵は選んでる。
なんてうらやましい生き方。
おかげさまで年に何蔵かはネットで見たんですって店まで来てくれるところもあって。
変な話、こっちが取引しましょうっていえば喜んでハイって言ってくれるんだろうけど、うーん、何だろう、そこから何かの縁でもう1ランク関係性が上がったときに付き合いが始まる感じ?
青田買い的な、無名の蔵引っ張ってきて有名にしてやろうなんて野望もなくて、話しているうち、一緒に飲んでるうちに、こいつの酒は俺が売ってやらなきゃって自然と思えてくるから。
うん、結局人だな。酒より人っていうとすごく語弊あるんだけど。
いやいや、いいじゃないですか。素晴らしいですよ。
ただ、酒に関してもプロとして厳しくチェックして、もう言いたいことは全部言うし、これちょっとダメじゃない?発売中止したほうがいいんじゃない?って実際中止になった酒もある。
とはいえ、ギリギリまでハードルを上げているわけでもないってことですよね。
やっぱりお酒に対しての完成度はあまり見てないのよ。個性のほうばっかり目が行っちゃって。
だから鑑評会の金賞酒とかには興味がないし、うちでも基本扱ってないんだよね。あんま面白くなくて。
この辺の話だけでも充分コンテンツになりますね。
一応ペアリングのサイトなので、そろそろそっちの話もしていきたいんですがいいですか?
もちろん。
日本酒と料理
ちょこだまでペアリングは意識していない
(※ちょこだま:地酒屋こだまがプロデュース&運営する、月に2日だけ営業の日本酒専門呑み処および不定期開催のテーマに沿った酒の会の総称。現在は終了。ここでは前者について語っています。⇒参考:地酒屋こだま別館「魚とおばんざい ちょこだま」のご案内)
ちょこだまを月に2回営業されてますが、そもそも、日本酒と料理の関係に一家言あったりするんですか?
うーん…一家言レベルはないかなあ。
ただ、ちょっと偉そうなこと言っちゃうと、世の中ぬるい店が多いなあって思ってたりはする。
ぶっちゃけレベル低いな、もうちょっと何かできないの君ら?って。
それはすごく分かります。
もうちょっと頑張ってほしい店も多いですよね。何か一工夫ないのかなって。
お客さんを楽しませるためのね。
そういう意味でちょこだまでのペアリング提供をどう考えてますか?
うーん、実はちょこだまでペアリングはあんまり意識してないんだよね。
あらら、そうだったんですね。
ていうのは、まずペアリング至上主義ではないんですよ。
で、ペアリングペアリングってうるさく言われると、ちょっとカチンときて「そういうのあんまやってないんですよ」って言うときもある。
でも逆にナチュラルにしてくれてると、これ多分合うと思うよ、わかんないけどね~。って言いながら、お酒出して、おおーって言ってもらえることもあるよ。
なるほど。
あとは、表立っては言ってないんだけど、ブレンドもすごく好きで、そこに足りない要素を足すってこともバンバンやるんで。
結構(ペアリング的に)ハイレベルなことをちょこだまではやってるんだけど、それを求めてこられるとちょっとイラってなっちゃう。
結局アレだね、天邪鬼なんだね。
(笑)
ちょこだまのページにもペアリング云々ってことは書いてない。
ひとつひとつのちょこだまの料理に何が合うかなんて、わざわざ試してないので。
それは意外です。全部事前に確認してるのかと思ってました。
そういう店をやるとなったら、そのための準備がすごく必要になっちゃって、今の俺には無理。
だから、ちょこだまでは、そのときの料理とたまたま選んだお酒はあるけど、あんまりそこの相性にはとらわれないようにしてて。
日本酒って幅の広いもので、全く合わないってことはまずないから、自由に楽しんでくれればいいんじゃない?ってスタンスだね。
ちょこだま酒の会
今度は、不定期開催してる酒の会のほうで過去開催したテーマを書き出してみたんですけど。
おお、すごいすごい。
中でもとりわけ普通じゃないなと思ったやつを、ちょっと読みあげてみますね。
*ロシア料理
*ジビエ
*スペイン料理
*沖縄料理
*馬肉と鹿肉
*豆
*鯨
*卵
*タイ料理
*中華
*魚醤
(出典:お酒の会のご案内)
どうなんですかこれ!
いろいろやったなあ。
あとさ、一時期、産地偽装って話題になったじゃん。それで、偽装された食材の会ってのをやろうとしたの。
うわ、それヤバい。
勝手にダメなレッテルを張られて偽装された、かわいそうな食材を救ってあげようという。
結局お蔵入りになったけど(笑)
日本酒とスパイス
過去何回もタイ料理の会やってますけど、スパイスと日本酒ってどうですか?
スパイスに合いやすいのは確実に生酛山廃系。
それはなぜかというと乳酸のせいだとは思うのね。
それプラス、いわゆる押味っていわれる複雑味、アミノ酸が相性に関わるのかなと。
ただ、それだけでもなくて、経験上でいえば、タイ料理に合わせるときって必ず花巴(※)を持っていくわけ。
(※花巴:奈良県吉野郡吉野町の美吉野醸造が醸す酒。バラエティに富んだラインナップが魅力だが、どれも酸が特徴的で、やたら個性が強い。)
花巴の何ですか?
辛みが強い場合は水酛にごり。
辛みがそれほどない場合、特にパクチーが入ってる場合は水酛の生を持っていく。
さっき言ったみたいに生酛山廃系のニュアンスと、そこにプラスしてあとはやっぱり酸、確実に酸だよねえ。
他にスパイス系でこれってのはあります?
例えば具体的な料理を挙げるなら、冬の間なんかキムチ鍋大好きで、しょちゅうやるんだけど、さっき言った花巴のにごりが最強に合うんだよね。バカみたいに合う。
ああ、そうなんですね(よだれ)
花巴のにごり自体、キムチみたいな味がするからね。そもそも。
乳酸ですよね 。
そう、ぬか漬けっぽいニュアンスとか、あとちょっとドライなのでその要素がまたバッチリ合う。
で、濁りだから唐辛子の辛みがちょっとマイルドになる効果もあって。
そうそうそう。
甘口の日本酒はソース
今度は甘口についてなんですが、甘い酒って基本的に料理に合わないって思われがちですけどどうですか?
あー、その概念はないなあ。
甘口ってソースかなって思ってて。
これからの季節だと、岩牡蠣あるじゃん。肝パンパンで旨味強すぎてむしろクドいみたいな。
あれなんかだと、分福の遊(※)って全麹のお酒がめちゃめちゃ合うわけよ。
(※分福 遊:群馬県館林市の分福酒造が醸す実験的な酒。通常、麹は全体の2-3割しか使わないが、これは全量を麹で仕込んでいる。濃厚で甘酸っぱい味わいが特徴。)
ほー、うまそう。
今度、一回やってみようかなと思ってるのは牡蠣刻んで、お酒ダバーッてかけてスプーンで食ってみたらどうだろうって。
まさにソース!
まあ、それやると牡蠣の臭みが流れ出そうだから、さすがにちょっとやりすぎかなとは思うけど。
甘口の酒って意外とそういうソース的な概念で使ってもアリだよねってのは最近思ってること。
唐揚げに甘い酒を合わせて甘酢あんかけみたいなニュアンスとか?
普通の鶏のから揚げに普通の甘口ってのは、それなりに合うけど爆発はしない気がするんだよね。
そこで手をつないでくれるのって酸。レモン代わりじゃないけど、そこに甘酸っぱい酒をもってくる。
甘いだけの酒だと、やっぱりなんか合わないんだよ、方向性が。逆に唐揚げに甘酢をかけてあげると、甘いだけの酒とも合うようになる。
あと、豚肉の脂だと勢正宗の甘さなんかはすごく合いやすいよね。勢正宗の場合はそこに味噌を使ってあげるとより合いやすくなる傾向はある。
(※勢正宗:長野県中野市の株式会社丸世酒造店が醸す酒。丸い甘みと柔らかな酸が特徴。)
触媒ですよね。
そう。何かでつなぐ、ここに料理とお酒があります。そのままじゃそんなに合わないんだけど、どうしたら合うようになりますか?
ってところで、何かの調味料を使うとか、そういうのはやっぱりひとつヒントになるよね。
ペアリングに関して、ひとつ大事だと思ってるのは…
ここから一気に佳境に入りますが、一旦ブレイク。続きは以下の【後編】で。