基本的には最近の曲を取り上げることが多いこのシリーズですが、たまには古いのも。今回は荒井由実のデビューアルバムに収録されている不朽の名曲「ひこうき雲」です。
いろんな方がカバーしていますが、一番説得力があるのはやはりオリジナル。抑制を効かせていながらも、さりげなく盛り上がっていく演奏とアレンジの見事さ、加えてあまり巧いとはいえない、むしろ突き放すような歌唱がやけにリアルで心をえぐってくるからでしょうね。
とりあえずは、知ってる人も知らない人もお聴きください。
歌詞の解釈
自死への憧れ
この曲、なんとユーミンがわずか15歳の時に作ったとか。コードもメロディも言わずもがな素晴らしいセンスですが、死ぬことを「空に憧れる」と瑞々しく表現できる感性はまさに天才的。いや、逆にこの詩的な美しさは15歳だからこそ出てくるワードなのかもしれないですね。
そして「高いあの窓で あの子は死ぬ前も 空を見ていたの」という箇所。ここから、「あの子」の死が、ただの病死ではなく自ら選んだものでは?という見方も生まれてきます。
これはもう、聴く人によって自由に解釈すればいいとは思いますが、モチーフになった出来事が若くして筋ジストロフィーに侵された同級生の死、および近所で実際にあった高校生の心中ということ。ですから、どちらの要素も含んで作られたことは想像ができます。
考えようによっては「何も恐れない」「けれど幸せ」といった部分からも十代にありがちな、自死へのほのかな憧れのような青い感覚も見え隠れします。
ぶっきらぼうな歌唱
けれど結局のところ「他の人にはわからない」んです。つまり、そこは自殺であろうが病死であろうが重要ではなく、「あの子」はきっと自由を得て幸せになったんだと生者の側が思うことで、この死を肯定的にとらえようとしている。
逆説的に言えば、悲しいからこその強がりという見方もできますし、それでありながら、いかにも十代らしく美化された死への憧れが含まれているとも解釈できるのです。
それは、全編で感じる投げやりともとれる歌唱にも表れています。憑依型で感情を思い切り込めるタイプの歌手もいますが、彼女は一歩引いたポジションにいるかのようにぶっきらぼうに歌う。
「あの子」は多分、親友と言えるような関係ではなかったんでしょう。もちろん「あの子」が死んだことは悲しいしショックだけど、どこか醒めた目で知人の死を俯瞰している自分もいる。
ただ、そうはいってもやっぱり悲しいものは悲しい。サビではそれなりに感情が乗ってきて、ストレートな心の痛みも伝わってきます。
この辺が若さなんでしょうか、いや、年を食ってもこういう感情ってあるよな。例えば職場でそれなりに話はしたが、プライベートで遊ぶほどではなかったような同僚が亡くなったら、こういう気持ちになるんじゃないかな。
これだけ複雑で説得力のある表現を曲・詞・歌唱を通じて為し得ることのできるアーティストはそうそういません。これがユーミンの才能なんでしょう。
演奏の素晴らしさ
キャラメル・ママ(後のティン・パン・アレー)が演奏していることは有名ですが、歌詞が印象的すぎるせいか、あまり演奏自体に触れられることはないんですよね。この曲を名曲たらしめているのは、間違いなくこの人たちのおかげでもあります。
特に注目すべきはオルガンとベース。後の旦那である松任谷正隆氏のプロコルハルムを彷彿とさせる幽玄なオルガン。浮遊感のあるアレンジとレクイエムを思わせるサウンドで歌詞の世界に確かな彩りを与えています(ユーミン自身がプロコルハルムを意識していたらしいので、これは彼女の注文によるものなのか?)。
そして細野晴臣氏の後ノリベース。フレージングはシンプルで決して目立たず、あくまで歌を引き立てているだけなのに、驚異的なグルーヴ感。このファンキーなグルーヴとユーミンの朴訥でリリカルな歌が融合するとこんなに凄い化学変化が起こるんですね。
その魅力は、ベースを抜いた弾き語りバージョンを聴くことで再確認できます。
これはこれで素敵なんですが、ベースがない時点で別物になります。ブラックミュージックが好きな自分としては、どこか物足りない。やはりオリジナルを推したいですね。
こんな深みをもった曲ですが、合わせる日本酒はベタ。
香住鶴 山廃 吟醸純米 ひこうき雲
すっきり系の低アル夏酒。
香住鶴と言えば兵庫は但馬の老舗で全量生酛・山廃にこだわった蔵。このため、どっしりした、いわゆる質実剛健な酒を作るイメージですが、近年はこういう時代に沿ったタイプも出してきてるんですね。それでも山廃ってところに蔵の矜持を感じます。
一見青空のように爽やかな印象ですが、深いところで山廃のもつ複雑さや洗練しきれない部分もそこはかとなく。まさしく「ひこうき雲」の曲のイメージそのものですが、そこまで計算して醸していたとしたら、この蔵元相当デキる。
いずれにしろ、この曲のことを連想しながら飲むのと何も情報がないフラットな状態で飲むのとでは印象がかなり違ってくると思います。
可愛いラベルデザインも含め、こういった外在的な情報によって、いくらでも感じ方が変わるのは面白いですよね。
ちなみに余談ですが、長野の尾澤酒造場の「19」シリーズでも飛行機雲を意味する「contrail」というお酒をリリースしています。ただ、今年は出ていないようなので詳しい紹介は控えます。ボトルデザインは非常にかわいいんですけどねえ。
気になる方はこちらから画像検索してみてください。
まとめ
もはや語り尽くされており、今更私なんかが取り上げることもないんですが、どちらかといえば、曲にかこつけて酒の方を紹介したかったのが本音。
素敵なラベルに目をやりながら、抒情的な世界観を噛みしめて酒を飲むと味わいもひとしおでしょう。それではまた!