これまで数多の日本酒ファンが挑戦し、敗れていったカレーとのペアリングですが、ついにやりました。ここまで完璧にフィットするなんて、正直自分でも驚いています。
日本酒とスパイスが合わないと思われている理由
ついに来ました、カレーと日本酒。日本酒に合わなそうな料理ナンバー1じゃないですかね。だからこそ、チャレンジ精神からか「日本酒 カレー」で検索すると意外とたくさんヒットするんですよね。
ただ「悪くない」「意外に合わなくもない」「いろいろ工夫して頑張ればそこそこ合う」くらいの結果しか得られてないと思うんです。完璧なマリアージュを見出した例を未だ見たことがありません。
そりゃそうだろ、だってそもそもスパイスと日本酒が合うわけないじゃん、とお考えの方がほとんどだと思います。
でもね、これがそうでもないんですよ。特に熟成酒にはクローブやシナモン、クミンなんかと近い性質の香りが微量ながら含まれることがあるので、そこを上手く拾って活用できれば全然合わせられるんです。
日本酒は繊細?
「日本酒=繊細」というパブリックイメージがあるので、そこに引きずられた結果、スパイスとは合わないと思われてしまうのでしょう。 確かに、繊細なタイプの日本酒だとスパイスの強烈な香りに負けてしまいますが、そこは強度を合わせる基本が理解できていれば問題ありません。
スパイスは辛い?
スパイスと日本酒が合わないと思われている理由はもう一つ。今度はスパイス側のパブリックイメージとして、「スパイス系料理=辛い」と考える方も多いんじゃないでしょうか。
確かに日本酒は唐辛子系の辛みとはあまり相性が良くないので、その意味では正しいです。しかし、スパイス系の料理を構成する要素は辛みだけではありません。大切なのは香りです。むしろ香りこそがスパイス料理の本質と言ってもいいでしょう。
つまり、しっかりした味わいの酒を香りの部分でマッチングさせれば、スパイスなど恐れるに足らず!というわけです。どうです?いけそうな気がしてきたでしょ。
スパイスカレー
今回題材にするカレーは「スパイスカレー」。スパイスと日本酒の対決がより分かりやすくなるんじゃないかと思いまして。
これが流行り始めたのって2年くらい前からなんですかね?実は最近までそのことを全く知りませんでした。ここ1か月くらいクミンと日本酒の相性を探っているうちにスパイスカレーに行きついたクチの新参者なのです。
それはともかく、スパイスカレーって普通のカレーと何が違うんだって言われると私も返答に困るのですが、これといった定義はないみたいです。とりあえず、自分の中では小麦粉(ルウ)を使わず、自分でスパイスを調合して作るゆえにスパイスのパンチが全面的に効いているカレーをスパイスカレーとしています。
酒井流スパイスカレー
とりあえず、今回の実証のために作ったカレーのレシピを公開。分量は2人前。
材料
鶏もも肉(500g)、タマネギ(大1個)、トマト(小2個)、ニンニク(1片)
調味料:コンソメ(1/2個)、塩(小さじ2)、砂糖(大さじ1)、スパイスいろいろ(下記)
最重要課題のスパイスはホールとパウダー、どちらも使います。
ホールスパイスは右上からクミン、マスタードシード、赤唐辛子(種抜き)。
量は適当なんですが、クミン大さじ1、マスタードシード大さじ1と1/2、赤唐辛子は1本といったところでしょうか。
次にパウダースパイス。右上の黄色いやつがターメリック(小さじ1)、時計回りでハバネロペッパー(小さじ1/2)、カルダモン(小さじ1/2)、クミン(大さじ1)、コリアンダーシード(大さじ1)。
作り方
1.ホールスパイスから香りを引き出す
まずはホールスパイスを油で炒めて香りを引き出します。大きめのフライパンにサラダ油(大さじ1)を入れて軽く熱します。ホールスパイスは焦げやすいので、ここで熱し過ぎてはいけません。ゆっくりじわじわと火を通しましょう。
あ、それからマスタードシードはポップコーンのごとくめっちゃ跳ねますので蓋が必須です。
2.飴色タマネギを作る
次にみじん切りにしたニンニク、タマネギを投入し、中火で飴色になるまで炒めます。あまり混ぜないで放置するほうが早くできます。
3.パウダースパイスの投入
飴色タマネギができましたら、パウダースパイスを一気に投入。軽く火を通しながら全体を馴染ませます。
4.トマトと鶏肉を入れて煮込む
トマトはフレッシュでも缶詰でもなんでもいいです。量はフレッシュ換算で小2個くらい。鶏もも肉は皮を取り除いて食べやすい大きさに切っておきましょう。
これらを200ccほどの水と一緒に蓋をせず15分程度煮込みます。
5.味付け
煮込んでいる途中で味を調整。コンソメ、塩、砂糖を味を見ながら入れていきます。量は目安なのでお好みで調整してください。この後煮詰めるので、この時点ではやや薄味で問題ありませんよ。
ちなみにコンソメの代わりに鶏ガラスープの素を使っても美味しくできます。
6.完成
水分が飛んで、全体的にぼってりしたら完成!煮込みすぎるとスパイスの香りが飛んでしまうので、煮込む時間は短めにするのがコツ。
しかし、悲しいくらいフォトジェニックじゃない見た目だな…これをアイキャッチにするのもちょっとアレなので、冒頭の画像は版権フリーの写真を使いました。
五味の分析
ペアリングのポイントはほぼ香りになるので五味の重要性はいつもに比べると低い気もしますが、一応やっておきましょうかね。
やはりというか、当然ながら全体的に味は濃いです。
どの味も強めでまさに味覚の足し算!って感じ。
数値化すると塩3、甘2.5、酸3、旨4.5、苦2くらいでしょうか。
粘度もあるので強度としても最強クラスですね。
スパイスカレーに合う日本酒を考える
とりあえずカレーは用意できましたが、肝心の日本酒をどうするか考えないといけません。
前述した通り強度があるので、それに見合ったしっかりめの酒であることは大前提。ただ、五味分析でもわかるように旨み以外の数値はそこまで強くないので、ゴリゴリの濃い酒だと案外カレーが負けてしまう可能性もあります。
そのあたりに注意しながら、下記の4つの視点からそれぞれ候補を1本ずつ挙げていきましょう。
1.スパークリングで刺激×刺激のペアリングを狙う
スパークリング系のシュワシュワした刺激とスパイスの刺激は相性が良いはず。なんだかんだ言っても、カレーに合わせる酒としてはビールが最も選ばれていると思いますし。
炭酸の力で口中をスッキリさせるウォッシュの効果も期待できますね。
というわけで選んだのがこちら。
亀甲花菱 生原酒 活性にごり酒
濁りですが、比較的サラっとしており甘みも弱いということでチョイス。
2.古酒(火入れ)でスパイシーな風味の同調効果を狙う
冒頭でも書いたように古酒(熟成酒)にはスパイシーな香りが潜んでいます。そこでスパイスカレーともきっと同調してくれるはず。
この手の風味は生酛・山廃系に多く見られるため、速醸は候補外とします。
大倉 山廃特別純米 無濾過火入れ原酒 25BY
6年弱の熟成で使用米は備前雄町。精米歩合70%で酵母は701号。
クミンとの通奏低音があるので選びました。熟成酒は比較的どっしりした濃い酒が多いんですが、これはそこまでではなく、山廃由来の酸が全体を締めてくれています。
3.生熟成酒でスパイシー+ハーブ風味の同調を狙う
熟成酒は熟成酒でもこちらは生熟。つまり生酒を熟成させることで、火入れとはまた異なる風味が出てきます。
これは主にイソバレルアルデヒドという成分によるものなんですが、具体的には草っぽさというか、蒸れた植物系の匂いですね。
これがバジルなど一部のハーブと通じる香りなんですが、スパイスのクセとも悪くない相性なんです。
もちろん、火入れ熟成と同じようにスパイス系の香りもありますので、そこがダブルでどう作用するか。
不老泉 山廃仕込 純米吟醸 備前雄町 無濾過生原酒 29BY
1年半ほどの熟成で磨きは55%、酵母は無添加。
まだやや若いんですが、生熟らしさはしっかりとあり、これまたクミンとの相性が良いのでセレクトしています。
4.濁りでスパイスをマイルドにする効果を狙う
インド料理には欠かせないラッシーからの着想。とろっとした濁り酒がスパイスを優しく包み込んでマイルドにしてくれるはず。
このサイトではお馴染み、というか個人的にフェイバリットな一本を。
生酛のどぶ
精米歩合は65%で日本酒度は大辛の+15(BYによって変わります)。
開けたては固いので開栓して常温で1週間放置してから飲みます。まだまだ夏は続いていますが、こいつなら全然平気。
実食!
まずはカレーを。香りのメインはやっぱりクミンだけど、その他のスパイスが複雑に絡むことで新たな味わいを生み出しています。この調合の妙がスパイスの面白いところなんだよね。
ハバネロペッパーは結構辛いので少なめにして、ピリ辛くらいでちょうど正解。これ以上辛いと日本酒の味を壊す。
スパイスの香りに隠れがちだけど、タマネギの甘み、そしてトマトと鶏の旨味は重要なポイント。まあ旨みに関してはコンソメでドーピングしてるんだけど、とにかくここでしっかりコクを出さないと物足りないものになってしまうので。
さあ、カレーの余韻が口に残るうちに最初の日本酒行きましょうか。
1.亀甲花菱 生原酒 活性にごり酒
トップバッターはシュワシュワのこいつ。んー、悪くはない。予想通り炭酸の刺激がスパイスの刺激とマッチはする。ただ、味わいがなあ。なんか麹の風味がカレーとケンカする。50点。
2.大倉 山廃特別純米 無濾過火入れ原酒 25BY
次はがっつり熟成したこれ。45℃の燗で。おお、なかなかいいぞ。山廃由来の酸もトマトとマッチ。クミン風味は合わせるとよくわからなくなってしまったけど、それでもこの寄り添う感じは、そこが効いていると思いたい。
惜しむらくは中盤の抜け感。決して薄い酒ではないんだけど、カレーの濃さと合わせるとやや軽いか。もうちょっと厚みがあってもよかったかな。80点。
3.不老泉 山廃仕込 純米吟醸 備前雄町 無濾過生原酒 29BY
40℃の燗で。あーなるほど、そう来たか。大まかな印象は大倉と似てるんだけど、よりアタックがマイルドなんだよね。その点でこれも若干パワーが足りない。あと生熟の香りはスパイスとそこまでは合わない。合わせるスパイスにもよるんだろうけど、今回の調合バランスではあまりフィットしないな。まあでも全然アリといえばアリ。75点。
4.生酛のどぶ
お待たせしました。ラストということで大方予想はついていたでしょうが、こちらが本日の優勝者です。
もうね、ぶっちゃけ桁違いですわ。合うの合わないのって、これ以上の相性があるのかってくらい素晴らしいマリアージュ。点数は言うまでもなく100点。
50℃とやや高めの燗。立ち香は軽いアルコールっぽさと白玉粉がほんのり。含むと予想通りスパイスの香味を優しく包むんだけど、それによって香りが消されるわけじゃなく、あくまでニュアンスを柔らかくした上で、間髪入れず旨味が同調するあたりが芸術的。そして変に余韻を残さず、濁りのくせにバシっとキレてくれるのも最高。
日本酒度が+15ということもあって甘みが弱いのが功を奏しているなあ。言うなれば甘くないラッシーみたいな感じ。ラッシーって個人的には甘すぎると思っていたので、その点でもちょうどいい。
で、五味チャートを重ねてみるとこれまた面白い結果に。
値的にはほんの少し弱いものの、酸味、旨味、苦味がカレーと寄り添うような形に。
カレーの各味の強さは酒を流し込む直前にこのチャートより若干弱まるわけで、それを考えたら値も、ほぼぴったりということになります(もちろん、値は主観ですが)。
まとめ
今回のペアリングを検証するにあたり、すっかりスパイス沼にはまり込んでしまいました。スパイスの基本を学ぶところから始め、いろいろなスパイスを買い込んで、一つ一つ味見しながら酒を合わせてトライ&エラーを繰り返す日々。
今回検証した酒の他にも、貴醸酒とか、タンドリーチキンと最高の相性だった川鶴の讃岐くらうでぃとか、濁りじゃないスパークリングとか、はたまたブレンドとか、スパイス添加燗とか、まだまだ試したいことはたくさんあるので、そのうち確実に第二弾もやります。乞うご期待!
それではまた!