地酒屋こだま店主の児玉武也さんへのインタビュー企画。前編では来歴から扱う日本酒への想い、ペアリングに対する考え方などを伺いました。まだ読んでいない方はこちらからどうぞ。
後編では、料理と酒を合わせるためには何をすべきなのか、そして日本酒の未来について突っ込んだ話をしていきます。それでは続きをご覧ください!
話し手:児玉武也
地酒屋こだま店主。2010年に日本酒専門の酒屋を開業。酒屋の経営以外にも酒の会の主催や、月に二回オープンの呑み処「魚とおばんざい ちょこだま」の営業など多岐にわたり活躍。その他プロフィール詳細はこちらから。
聞き手:酒井辰右衛門
当サイト運営者。SAKE DIPLOMA、国際唎酒師。プロフィール詳細はこちらを参照。
料理と酒を自分で調整する
料理と酒の強弱を合わせる
ペアリングに関して、ひとつ大事だと思ってるのは強弱だと思うんだよね。
そのお酒が持つパワーと料理の持つパワーの強さが同じじゃないと合わない。
ああ、僕はそれボリュームって言ってます。
そうだね、ボリューム。そこが一番肝になる気がする。
同じ料理でも、作る人によってそこのボリュームとか強弱って変わるから、すごく難しいところで。
それを考えると、やっぱり100点満点の相性を求めていくのって無意味なのかなとも思います。
お店でお客さんに案内するとき、例えばカルパッチョに合う酒として篠峯(※)を紹介することが多いんですよ。
で、実際一緒に食べてみて、もし篠峯のほうがちょっと軽いなと思ったら、カルパッチョを少し優しい味付けにしてね、逆に少し濃いめだなと思ったらカルパッチョのほうをインパクト強めの味にしてね、なんていうのはある。
(※篠峯:奈良県御所市の千代酒造が醸す酒。基本線はスリムながら凝縮感があり、酸とミネラルで存在感を出すタイプが多い。)
それでも合わない料理と酒をどうしても合わせたいなら、さっき言ってたみたいにブレンドで古酒をちょっと混ぜてみるとか、そういう工夫をすればいい。
逆に加水するとかも。
そうそう。そういうのはすごく意識してるかもしれない。
確かにちょっと料理なり酒なりに少し手を加えるっていうのは、各自ができることとしてアリですよね。
酒屋さんや飲食店からある程度の指針をもらって、あとは自分の好みに合わせてアレンジしていくってのはもっと提案していってもいいのかなと。
ペアリングに「絶対」はない
そもそもさ、合う合わないの度合いなんて人によって結構違わない?
はい、わかります。
俺はめちゃめちゃ合うって思っててもその人にとっては7割くらいってこともあれば、逆に大して合わないかなと思ってても、出したらすげえ合う!って言われることもあるし。
その人の感覚は大きいですもんね。
そう、やっぱ人によるじゃん。
だから「絶対に合う」とは極力言わないようにしてる。
酒のコンディションも刻々と変わっていきますし。
だからまあ、さっきも言いましたけど、そこまで根詰めて完璧を求めるってよりは、やっぱりほどほどのところで折り合いつけるほうがいいのかなと。
うん、楽。そのほうが。責任逃れしてるわけじゃないんだけど。
あとは各自で調整してくださいって感じで。
そうそう、調整なのよ。
調整でいくらでも合うように簡単に持って行けちゃうから、そこを逆に知ってほしい気はするよね。
もう少し酒に重さがあったほうがいいなと思ったら、そこら辺に放置してる熟成酒をちょっと混ぜるとか、ちょっと酸味がほしいなと思ったらレモン絞ってみようとか、そういうのみんな普通にやればいいじゃんって。
日本酒に手を加えること
ただ、日本酒に手を加えることを嫌う人もいます。
まだまだいるよね。
俺はもう開業当初からロックとソーダ割はすごく推してて。
夏になって大してうまくない夏酒飲むならロックとかソーダ割のほうがいいですよお嬢さん!って言ってるくらいで。
そういえば、以前教えてもらった篠峯のどぶろくのオレンジジュース割は衝撃でした。
あれは本当にうまいからな。
でも、いいよね、こういう提案って。それを嫌う造り手はいるかもしれないから無理強いはしないけど。
まあ、買っちゃったらこっちのもんですし。
そうそう。それをSNSでアップしてどうのとかは人それぞれの判断だけど、やるのは自由じゃない。ブレンドだってそうだけど。
ワインと日本酒
裏切者って言われるかもしれないけど、実は最近ちょっとワインに浮気してまして。
別にいいよ、俺もワインめっちゃ好きだから。
ペアリング文化においてワインって先行者じゃないですか。だから日本酒ペアリングを探求するためにワインを勉強し始めたんですよ。
で、やっぱりワインと洋食って合うなって。当たり前ですけど。
そのペアリングのニュアンスを日本酒にも生かせないかなと。
同じ醸造酒だから共通する部分いっぱいあるんだよね。
俺、ブラック企業時代の終わりごろワインにどハマリしてて。
今思い返してもちょっとどうかしてたなあって思うんだけど年間で家に届けたワインが280本、ほとんど一人で飲むんだけど。
それ以外にも外で飲んでたし。まあめちゃくちゃだったね。
すごいですねそれは。そんなにワインが好きだったとは。
うん、大好きでね。そのころは本当にワイン勉強してたから。
だけど、日本酒の店はじめるにあたって、これは一回ワインを封印しようと思ったの、このままじゃ無理だと。
で、ここ3年くらいで、やっぱりワインいいなって。
家にもセラーがあって普通に飲んでるんだけど、ここのところ特に日本のワインにはまりだしちゃって。
日本酒の蔵にでかけるじゃん、で、もう一日時間をとって近隣のワイナリーを訪ねるってこともやってて。
将来的には俺なりの日本ワインの酒屋をやりたいなって夢を持ってる。あくまで夢だけど。
それは知らなかった!日本酒の顔しか知らない人が読んだらびっくりしますよ。
日本酒の未来
(話題はワインの価格から日本酒の造りと価格の関係性へ)
底上げが大事
最近はギリギリまで高精白にして極端に高い値付けをしてる日本酒もあります。
これは多分、日本酒全体の価格や利益を上げていかないと立ち行かないからって考えもあるんですよね。
だから、そういうフラッグシップを提示して市場の構造を壊そうとしてるというか。
うんうん。
まあ、必ずしもこれが正解とは思ってないですけど、確かにある程度高くしていかないと業界が先細っていく気がするんで、なんとかならないのかなっていつも思うんです。
本当はね、底の価格を上げていくべきだと思ってるのよ。
底とは?
例えば普通酒。
大手のカップ酒とかは除いてね。あれはギリギリまでコスト下げてる大資本のやり方だから。
そうじゃなくて、地方の普通酒。
ある程度一生懸命作ってる普通酒一升を、本来だったら2000円近くで売りたいわけだ。
だけど、大手は1300円とか1400円で出してくるから、しょうがなく1600円とか1500円で売ることになる。
それがまずおかしい。
ふーむ、なるほど。
底が上がれば次のクラスの本醸造とか純米も、もうちょっと上乗せできるじゃん。
火入れ加水の、本当に良質で飲み飽きない純米酒が一升2000円くらいで売られてるのを、2300円くらいまでもっていく、それの生原酒なら2700円が当たり前、さらに純米吟醸になれば3000円クラスが当たり前ってのが理想で。
うんうん。
もちろんフラッグシップはフラッグシップでこれだけの手間とコストかけてるんだからっていうんで上げていく。
ただ、5万とか10万って話とは違う。
良質な純米大吟醸だったら4合瓶で2500円~3000円でちゃんと売れるようにして。
その代わり下のお酒は下のお酒で、安いんだけど、もうちょっとちゃんとした単価をつけられるようにっていう、そういう考え。
あー、その考え方はなかったです。
どうしても上を吊り上げる発想ばかりで。
それもわかるんだけど、結局誰が買うんだっていう。俺ら買わないよ?1本何万もする酒買えないもの。
確かに。
それはそれで活動としてはありだし、邪魔もしないし、文句も言わないんだけど、どっちかといえば俺は下の底上げをきちんとしていったほうがいいと思う。
でも、そうすると今度は大手の酒があるから売れないってなるじゃん?大手と価格競争したって勝てるはずがないんだから。
だけど、うちでは少なくとも普通酒・本醸造のきちんとしたものが1升2000円でもちゃんとリピーターがついて売れていってる。
そこに価値を見いだせれば、それなりの値段でも買うと。
そう、別に大手の普通酒やカップ酒を悪く言うつもりはない。あれはあれですごいと思う。
だけど、この味じゃちょっと満足できないって人は、ちゃんとお金出して買っていくようになるわけだから。
食に対する価値観の相違
ただ、世の中には食に価値観を持ってない人も相当数いるの。
はい。それは僕も常々。嫌ってほど感じます。
その人たちはもうジャンクフードやチェーン店でいいやってなってる。
で、悪いけど、そういう人たちって、いくらこっちに引っ張ろうとしても、そうそう来てくれないんだよ。別にポテチとコーラでいいよって。
俺もポテチとコーラは好きだけど、そればっかりでいいっていう人たちの気持ちはよくわかんない。
でも逆にこっちの気持ちも、そういう人たちにはわかってもらえない。
食に対する価値観の相違。離婚理由みたい。
だから、いくら日本酒を広めようって思っても、これがねえ、そんなには広まらないんだよ、理論上。
うわあ、そんな身も蓋もない。
日本酒百年計画
みんなが躍起になって日本酒を広めようと思ったところで、食に対する意識のない人がまだまだたくさんいる現状。
これを変えるにはどうしたらいいか。
はい、どうしたらいいんでしょう。
俺の最適解は、ここからの教育で100年後に変えること。
おお、食育ですか。
俺はこれ本当に何年も言ってるんだけど、自分らの世代より下の20代30代くらいの若い夫婦がいて、その子供たちに自分たちが日本酒を美味しいって言いながら飲んでる姿をずーっと見せて育てる。
それで、その子たちは、ああ日本酒って美味しいんだって刷り込まれて大人になっていくわけよ。
なるほど。
今の若い子たちが日本酒を飲まなくなったのは、実は親の世代にも原因があって。
親の世代が日本酒を飲んでないんだよ。
それこそ半端で美味しくない日本酒で育っちゃった人たちが圧倒的に多いので、今の結果になってる。
だから、今から若い世代を育てて、次の世代に引き継いでって、それの繰り返し。
今、仮に全国民の10%しか日本酒を嗜まないとしたら、この次の世代で30%まで増やし、そのまた次の世代で50%まで増やしっていう長期計画で。
百年計画だ。
そう、百年計画。
俺が死んだ次の代、いや次の次の代くらいか。
そこで改善できるように食育的な施策をしていかなくてはいけない。
うおお、壮大ですね。
これって本当に大きく言ってしまえば食文化としての啓蒙なので、本来は日本という国の政府なり行政なりが、それこそ食育庁みたいなのを作っていくべきでさ。
日本酒を飲みましょう!ってキャンペーンなんてたかが知れてるのよ。一瞬わっと盛り上がって、それで終わっちゃうじゃん。
もちろん継続的な啓蒙は必要なんだけど、そこは長期的に見ていかないと、ってのが俺の持論。
そこまで考えてらっしゃるとは…
日本酒業界の体質
創業した当時は、俺の時代で日本酒業界変えてやるって吠えてたんですよ。
でも3年くらい前から、やっぱ無理かも…って。
ちょ、えー!
現実的に見たら、日本酒業界の古くからのダメな体質ってもうなかなか変わんない。
若い人に世代交代して初めて変わる機運が出てくる。そうなると、これはやっぱり時間がかかるぞと。
まあ、確かに…
いろんな意味でさ、日本酒業界って問題をはらんでて、例えば添加物の問題とか。
酵素剤とか、本来使わなくてもいいようなものも使えるように法律が整備されて、ある意味手抜きもOKってことも認められてる。
そうなんですか。
例えば原酒表示ってさ、1%までは加水しても原酒として認めるってなってるけど、おかしいじゃん?
あれはなんでかっていうと、例えばメーカーによっては、ラベルをあらかじめ印刷してる場合があるわけだ。
だけど、酒って作ってみたら、ちょっと数値が合わないなんてってことは普通にあるのよ。
だから、その辻褄を合わせるためだったりもする。
つまり、そのへんの法律って消費者のためじゃなくてメーカーのためにあるのな。
それは知らなかったです。
結局、日本酒の酒造組合中央会の役員なんてのは大手のお偉いさんも多いわけだ。
で、その大手のオヤジたちから意識を持った若い子たちに世代が変わったら、もしかしたらどっかできっかけができるかもしれない。
でも、その中で一人吠えてるのがいても潰されるだけでしょ。
そういう意味でもそんな簡単には変わらないなと思うのよ。
うーん、難しいですね。
今できること
で、現実的に変えるにはどうしたらいいかって意味では、長期的な視点をもっていないとダメで。
うちのお客さんなんかはさ、小さい子供連れてきて買ってく人もいるんだけど、その後きっと家で美味しく楽しく飲んでるわけよ。
やっぱり、そういうのを見せていくことから始めていく。
やっぱりそこに帰結しますよね。
結局できることといったら地道に啓蒙して、地道に売っていくしかないのかな。
俺は多分、小さい酒屋で一生を終えるんだろうな、と思いながらやってるのね。別に店を大きくしていく意欲も全然ないので。
ただ、なんとなく爪痕は残したいなって意味で業界の友達とアル添酒フェスやったり、大塚 sake walk(※)やったりとかさ。
一般の人が一人でも二人でもいいから、興味持って楽しんでくれたら、それでいいのかなって。
(※大塚 sake walk:2018年から始まった東京・大塚の飲み歩きイベント。2019年は9/7開催で8店舗が参加予定。)
今でも充分爪痕残してますって。
いやいや(笑)
とにかく、そういう活動としては、いろんな人がそれぞれの立場でできる、それぞれのスタンスで仕事をしてるわけで。
まあ、昔は俺も他人の批判ばっかりしてたけど、最近はもう足の引っ張り合いをしてる場合ではないなあと思うようになったので。
みんな日本酒に対して愛情があることは間違いないわけですし。
そうね。
あまりにも目に余ることは別として、最近はいろいろ言わないようにしてる。
だから「最近児玉さん吠えなくなりましたよね」なんて言われたり。
丸くなったんですね。
まあ、俺も疲れたしな(笑)
だから地道にマイペースで自分のできることっていうとさ、20人から30人、せいぜいMAX40人程度の小さな会とかやって。
そこでお客さんがお酒に対する想いやリスペクトを受け取ってくれるだけでも、日本酒愛は広がっていくじゃん。
小さいけど、本当に小さいんだけど。
うんうん。
でも、それを続けるくらいしか今はできないよね。
あとはやっぱ自分が楽しくないと続かないから、そこは大事かなと。
そうですね。
自分が楽しいと思うこと、やれることをコツコツ継続していくってのが一番だと思います。
だから、酒井さんは酒井さんの立場でやれることを発信していけばいいんだよ。
はい、ありがとうございます。がんばります!
話は尽きませんが、お店のほう大丈夫ですか?
(このとき、お店はスタッフのこーへー氏に任せて2時間以上留守にしていた)
そうだなー、そろそろ戻るかー。
はい、では…今日は本当にありがとうございました。
めちゃめちゃ楽しかったです!
こちらこそありがとう。また今度飲もう!
ぜひぜひ!
まとめ
インタビュアーの立場も忘れて、一日本酒バカとして話ができ、非常に充実した時間でした。
個人的に、高いレベルのペアリングを求めるあまり、視野が狭まっていたのかなと思います。もし仮に完璧なマリアージュに出会えたとしても、それはいろんな好条件が重なった結果であり、あくまで一期一会のもの。
ですから、もっと料理と酒の重なる幅を広くして80点くらいを目指すのが正解なのかもしれません。寛容な心で。
それから自己調整ですね。この視点もちょっと欠けていました。
食卓で焼き魚に好きなだけ醤油をかけて食べるように、酒も料理も自分で勝手に調整すればいい。これは目から鱗でしたね。今後は、このサイトのあり方も少し変わってくるような気がします。
そして日本酒の未来。漠然と先のことを憂いていても状況は変わりません。やはり、自分のできることを少しずつやっていくべきであると、背中を押された思いです。
なお、ここには書けないような話も含め、編集上泣く泣くカットした箇所も多数あります。折を見て、スピンオフとして公開しますのでお楽しみに。
最後に、お忙しい中インタビューを快諾いただき、長い時間お付き合いくださった児玉武也さんには心からお礼申し上げます。本当にありがとうございました。
それではまた!