今回の日本酒ペアリング実践講座は「鴨のテリーヌ」です。別に鴨じゃなくてもいいんですが何となく。
テリーヌの定義
まずはテリーヌって何よというお話から。専門職の方には釈迦に説法だと思いますが、一応知らない人もいると思うので。
簡単に言ってしまうと、「テリーヌ」ってのは元々「型」の名称なんですね。で、それを使った料理をそのままテリーヌと呼ぶようになったと。要するにテリーヌ型で調理したものをそのまま供すれば何でもテリーヌなんですよ、これが。で、型から出した時点でそれは「パテ」という呼び名に変わるのです。
まあ、それで終わってしまったら、酢飯としめ鯖を適当にテリーヌ型にぶち込んでぎゅうぎゅう押し込んで「ほら、テリーヌだ!喰え!」って出してもOKってことになっちゃうわけで、京樽の看板商品がいずれテリーヌになる日も近いですね!京樽×フレンチ!グローバル化!
さすがにそれじゃあんまりなのでもうちょっと詳しく書きましょう。
えーと、調理法としては、テリーヌ型に豚の背脂を塗り、細かくすりつぶした肉や魚、野菜、ハーブ、酒などを混ぜてそこに詰め、オーブンまたは湯煎で火を通したあとに冷やして完成、というのが基本です。
豚の脂やゼラチンを入れて冷やし固めるのがポイントになりますが、肉系のテリーヌは肉:脂の割合が2:1くらいがセオリーなので、それを守った場合は結構脂っこくなりますね。
テリーヌの味わい分析
それでは、いつものように料理の分析からいきましょう。
五味チャート
上述したようにテリーヌの定義はかなり幅広いため、肉系に絞ったとしても味わいは濃いものからあっさり系まで料理人によって様々です。
今回題材に使用した鴨のテリーヌは、濃くも薄くもなく、まあスタンダードな部類になるのかな。フィグ(イチジク)やピスタチオも入っていましたが、どちらかといえば食感を面白くするためであり、風味や五味にはあまり影響はなかったように思います。とりあえず五味のチャートにするとこんな感じ。
数値は甘1 塩2 旨3.5 酸0.1 苦0.1としました。 洋食系ではつきものですが、ここに表現されていない脂が4.5くらいで、またしてもここがポイントになってきます。
香りの分析
ちなみにいつも最初に行う「香りの分析」は割愛です。なぜならほとんど香りがなかったから。もちろん、肉の香りやハーブの香りがあるにはあるんですが、そこまで大きく影響するほどでないと判断しました。
合わせるべき日本酒の見当をつける
脂の処理
今回もまた脂がポイントになってくるわけですが、五味的なセオリーとしては酸でウォッシュか、旨みによる同調、または甘味との補完(脂肪は甘味と相性がいい)ということになります。
しかし、ここで注目したいのは今回の題材であるテリーヌの温度です。基本、冷製なんですよね。脂が口内に残りやすく、さらにザラつきも感じさせる要因になるのです。酸でウォッシュするにしても冷酒だと冷え固まった脂は物理的に口中に残るため、思いのほか爽快感は得られないと思われます。
この「冷えた脂肪」をクリアするにはどうしたら良いか。もうお分かりですね。「燗」です。高い温度の酒を流し込むことで脂を溶かしてマッチングに繋げようと思います。
日本酒の選択
では、燗に向いた酒で何を選ぶか。テリーヌの五味のバランスからすると、比較的ライトなのでピーク値は3程度であれば甘、酸、旨のバランスは問いません。
ただ、いわゆる燗に向いた酒というのは質実剛健でボディが太いものが多いため、うまく選ばないとテリーヌのピーク値を超えてしまう可能性があります。
太すぎず、細すぎず、燗上がりする酒。というわけで、今回は「貴 濃醇辛口純米酒80」を選択してみました。
貴 濃醇辛口純米酒80
貴は山口県の新進気鋭の蔵「永山本家酒造場」の全国的に名の知れた銘柄です。蔵元杜氏である「ゴリさん」こと永山貴博氏は露出も多いので知っている方も多いかと。
基本的には食中酒を目指していることもあって、悪目立ちするところのないバランスのとれた酒が多い気がします。実は個人的にはそこに物足りなさを感じることも多く、これまであんまりピンとこなかったんですよね。
ただ、今回、料理と合わせるという観点でじっくり向き合ってみたら、やっと蔵元の意図が理解できた気がします。なるほど、単体で飲んで評価する酒じゃないなと。
今回の酒は磨きが80%と低精白で銘にも濃醇とあるし、一見濃いのかな?と思いがちですが、実は良くも悪くも中道というか平均的で、むしろ軽ささえ感じさせる味わいです。山陰系のゴツい酒が好きな人からしたら完全に範疇外になるかと。燗つけしたものを数値化すると甘2.5、酸3、旨3.5、苦0.2くらいかな。数値的に見ても完全にバランス型です。旨味で「同調」させて、甘味と酸味を補完する「ギャップ」のイメージでしょうか。同調とギャップの合わせ技ですね。
ちなみにテイスティング時に物足りなさを感じたため、常温で2年間寝かせてます。全体的に丸みは少しだけ増して旨みもやや育ちましたが、ベースとなる味わいの印象は大きくは変わらず、熟成感も皆無で、ある意味これはこれですごいなあと。
実食!
それではようやく実食です。
まずはテリーヌを一口。鴨の持つほんのり野性味のある風味と旨みから、ねっとりした脂肪が口にまとわりつきます。
そこに熱めの50℃に燗つけした貴を一口。テリーヌにはなかったふんわりとした甘みが脳に新鮮な響きを与え、そこからすぐ脂が溶けていく感覚が心地よい。甘味による補完効果が上手く働いています。
その溶けた油脂と貴の旨みが何の違和感もなく融合して、すーっと穏やかに消えていく。うーむ、得も言われぬマリアージュ。 なお、酸に関しては熟成の効果もあるのか、単体では目立たず旨味と同化しています。
はい、今回も大正解でした。
まとめ
というわけで、今回は同調とギャップの両方を狙った燗酒ペアリングでした。テリーヌの塩味が弱い分、どうかなとも思ったのですが、逆にごちゃごちゃしなくて良かったのかもしれません。
それではまた!