今回は飲食店さん向けの記事です。
日本酒初心者の方々には何をおすすめすれば最も喜んでもらえるのか。普段飲む酒から、その人の好みに近いものを導き出していく試みです。
飲食店の役割
日本酒がブームと言われてしばらく時間が経ちますが、実際のところ日常的に日本酒に親しんでいる人はまだまだ少ないのが現状。つまり、店に来るお客の大半は日本酒の初心者であると言っていい状況です。
どんなジャンルでもそうですが、初心者から始まり、自発的に世界を広げていくほどの熱を持った人というのはごく少数で、大半の人々はある程度受動的であると思います。別にそれが悪いということではなく、現実として。
で、そうなると、やはり飲食店さんの出番なわけですよ。ここでお店のおすすめの腕前が問われてくるのです。
もしお客様があなたの薦める一杯で日本酒に開眼したとしたら、それは素晴らしい味覚体験ができたからに他ならないわけで、そうなれば確実にリピーターになってもらえますし、当然先々の日本酒業界の活性にもつながります。それ以前に単純にうれしいですし。
ね、いいことずくめじゃないですか。
普段飲んでいる酒別のお薦め日本酒
しかし、闇雲にいろいろな銘柄を飲ませてみても効率は良くありません。やはりお客様一人一人に合った日本酒を薦める必要があります。そこで今回は普段飲んでいる酒をキーにして、その方の好みを推測し、それに合ったお薦め日本酒をご紹介していきます。
普段、酒自体あまり飲まないタイプ
若者の酒離れってやつですか。意外に多いのがこのパターン。こういう場合はもう深く考えることはありません。あなたが最高だと思う渾身の日本酒を提供してください。そこから、もう少し甘いほうが、とか、すっきりしたほうが、とかコミュニケーションしながら世界を広げていってもらいましょう。
ただし、癖のある酒は避けたほうが無難でしょう。またアルコールに慣れていないので、できるだけ低アルコールのものが良いかと。
みむろ杉 Dio Abita
軽くて洗練された味わい。 低アルなので非常に飲みやすく、フルーティでもあるんですが、ただ飲みやすいだけのつまらない酒に終わってないのが素晴らしい。優しい甘みと凝縮されたジューシーな酸で、洋食との相性も◎。
讃岐くらうでぃ
タンドリーチキンとのペアリング実践でも使いましたが、ひたすら飲みやすいアルコール入りのカルピスだと思っていただければ。アルコール度数は6度。スパイシーな料理や油ものにも合わせやすいですよ。蔵元は鶏肉料理とのペアリングを推していますが、それももちろん最高に合います!
ビールが好き
昨今はクラフトビールの流行もあって様々なビールを楽しめるようになりました。ビールと言えば炭酸、苦味、そしてキレ。そこに着目した日本酒がこちら。
山本 スパークリング
秋田のNEXT5の中ではもっとも異端というか、変化球が多い山本さんですが、酒質はどれも間違いないものですから、初心者をがっかりさせることはありません。
こちらのスパークリングは同蔵の人気商品「ピュアブラック」の醪を分けて瓶内で二次発酵させたものになります。よって、味わいはドライ。甘さが抑えられた炭酸なのでビールに近い感覚があるかなと。
お薦めペアリングはフライ!シュワシュワ感と揚げた衣のパリパリ感がベストマッチで、最後に油を洗い流してくれます。ただし、ビールと同じようにグビグビ飲んだらすぐ死にますのでご注意を!
花巴 山廃 純米大吟醸 スプラッシュ
これもドライ系のスパークリングですが、爽やかな立ち香、山廃由来のすっきりした酸、そしてラストの軽い苦味。レモンやオレンジのような柑橘類を想起させます。ただし、乳酸系の旨みもしっかりあるので、ただの軽い酒ではありませんよ。
というわけで、これもまた揚げ物と相性ピッタリですね。良く冷やして飲んでください。
フルーツ系のチューハイ・カクテルが好き
市販品でいえば、ほろよい、氷結、本搾り、カロリなど。女性に多いですね。この手の飲みやすさと分かりやすさを重視したキャッチーな酒の需要はかなりありますが、任せてください、それこそ日本酒の得意分野です。
というわけで、フルーティで癖がなく飲みやすいお酒をご紹介。
姿 純米吟醸 無濾過生原酒
生の重さは若干感じますが、これぞフルーティ酒といった風情。この銘柄はわりとどれも華やかでしっかり甘いので、そこまでスペックにこだわることもないでしょう。
食前酒として、またはフルーツをあしらったサラダなんかとペアリングさせやすいと思います。
十六代九郎右衛門 十三度台九郎右衛門
濃醇かつ上質な甘みが特徴の十六代九郎右衛門ですが、こちらは低アル原酒。フルーティで甘くて、なおかつ軽いのでまさにカクテルなどを好む女子にはうってつけ。(別におっさんが飲んでもいいけど)
ちなみに速醸ver.と山廃ver.がありますが、どちらも捨てがたい。山廃のほうが酸が効いて、より深みがあります。さらっと飲めるのは速醸。
※その他のフルーティな日本酒については下記も参考にしてください。
ワインが好き(ライト層)
まずワインが好きという時点で、それなりにスタイリッシュでセンスを重んじる方が多い気がします。また味覚的には、甘口よりもタンニンによる渋みや酸に慣れている方が多いでしょうから、ドライなものを選択するのが無難でしょう。
(もちろん甘口のワインも多くありますが、一般的に「ワインが好き」という方で甘口ワインのことを指す人は少数派だと思います)
ソガペールエフィス
ワイン好きなら知っている方も多いと思いますが、長野の小布施ワイナリーが休閑期に醸す「幻」の日本酒。外観からしてほぼワインなので、そういった話題性からもおすすめしやすいんじゃないかと。
酵母違いでいろいろありますが(写真は1号酵母)、どれも同じくハイクオリティで、味の傾向は似ていますので深く考えなくても大丈夫です。とにかく入手が困難なので、手に入ったもので良いと思います。
ちなみに、本来は特約店でしか買えないものです。価格は非公開ながら、一般的な純米吟醸よりちょっと高いくらいが適正です。ネットで検索するとなかなかのプレミア価格で売っている店が散見されます。どうしても入手したいなら無理に購入を止める気はありませんが、そういうことをする店はその程度の格の店ですので…
蒼空 純米酒 美山錦
個人的にスタイリッシュな酒といえば、真っ先にこの蒼空が思い浮かびます。ベネチアングラスのボトルも最高におしゃれでOL殺しの異名を持っています(嘘です)。
基本的にはどのスペックもキレイで透明感のある酒質。そして酸がジューシーで淡麗ながらしっかりした骨格。
この美山錦の火入れ純米は蒼空の中でももっともお求めやすい価格で、定番とされているもの。まずはここから、といった感じでしょうか。
都内近郊ではIMADEYA、かき沼酒店、鈴傳などで購入できます。
ワインが好き(マニアック層)
一番の曲者かもしれません。ディープなワイン好きであれば、酒に対する造詣も深く、逆に下手なことは考えずとも、いろいろな酒に対する許容度は高いと思われます。よって、ワインには比較的少ない甘口であっても意外に素直に楽しんでくれる可能性は高くなります。
ただ、一点気を付けなければいけないのは、酒自身のクオリティです。やはり舌が肥えてらっしゃる方が多いので、味の傾向以前にレベルの低い酒はすぐに見抜かれます。ですから、少々値が張っても間違いないフィネス(上質・繊細さ)を持った酒を薦めるようにしましょう。そこさえクリアできれば、自発的に深掘りしていってくれるはず。
松の司 純米大吟醸 AZOLLA 50
以前は50という数字がついていませんでしたが、H29BYより生酛造りにシフトしたのを機にAZOLLA50と改名。改名前も世界観のある素晴らしい酒でしたが、生酛になってから更に格が上がったように思えます。
人で言ったら体幹が強くて、なおかつ引き締まったサッカー選手のような味わい。凝縮感と繊細さと芯の強さが同居しているんですよ。
ペアリングについてはあえて何も提案しません。大吟醸だから合わせづらいということではありませんよ。単純にこれは単体で楽しむ酒だと思いますので。
ちなみに、更に上位のBLACK AZOLLAというお酒もあります。ぶっちゃけ鬼のように高いですが、 その値段なりの価値はあります。本当の意味での上質な日本酒を知りたければこれを飲めと言いたいですね。
澤屋まつもと 守破離 no title
澤屋まつもとでは「ultra」という最上級の酒がありますが、甘みをそぎ落とした、やや特殊な立ち位置の酒なので、あえて若干お求めやすいこちらを薦めます。
まあ、これでも充分お高いですし、その分味のクオリティも半端ないんですけどね。細かいことはいいません。とにかく、これを飲んでないと今の日本酒シーンを語れないくらいの重要な酒です。あまり冷やし過ぎず、10度~15度くらいがベストだと思います。
ウイスキーが好き
このケースもディープなワイン好きと同様、コアな気質を持っていると思われますので、一度日本酒を美味いと思ってくれさえすれば放っておいても勝手に知識を深めていってくれると思います。
それだけに、最初が肝心。攻めるならウイスキーと共通した樽香を持った樽酒。または古酒なんかも意外に面白がってくれるんじゃないでしょうか。逆にライトユーザー向けのフルーティな酒は外す可能性があります。
辨天娘 純米酒 五百万石
通常であれば上級者向けのクセが強い熟成系の酒ですが、ウイスキー好きなら受け入れてもらえそうな気がします。必要以上にファットにはせず、バランスのいい旨みがクセになります。
基本的に熱めの燗で飲むのがセオリーですが、あえてその渋みや硬さを感じたいのであれば常温でも面白いかも。
米違いやBY違いもありますが、最初は米に関してはそこまで気にしなくてもいいでしょう。BYについては最低3年は熟成させたものを。熟成香を生かして中華や燻製などに合わせてみてはいかがでしょう。
竹鶴 純米
ウイスキーと言えばこの竹鶴は外せません。「マッサン」で有名なニッカウヰスキーの創始者「竹鶴 政孝」の実家の蔵です。別に味的にはウイスキーと何の関係もないんですが、初心者には厳しそうな熟成によるクセが、逆にウイスキー好きにはハマるんじゃないでしょうか。
料理はほっこりした和食、特に煮物なんかは好相性ですね。もちろんしっかりした味付けのフレンチなどでも大丈夫です。
温度帯は必ず燗でお願いします。必ず燗でお願いします。
本格焼酎が好き
おっさんに多いかと思いきや、一時期の焼酎ブームの煽りもあって若い女性でも本格焼酎ファンは大勢います。焼酎を好む人はとにかく日本酒は甘いということで避けがち。というわけで、極力ドライなものをおすすめしてみましょう。
また、このタイプはそれなりに酒好きと見られるので、あえてクラシカルな銘柄もいいかも。
梅乃宿 鉄楽人
香りはほぼ無し、甘みはドライで酸強め。日本酒度は+18で数値的には大辛口。辛口の酒にありがちな野暮ったいエキスを伴った旨みはあまりなく、 非常に流れがスムーズでスッキリと飲めます。 いや、むしろ透明感さえ感じるかも。とにかく素晴らしいキレで焼酎派も納得でしょう。
合わせる料理は選びません。ほんと何でもペアリングできちゃう。
神亀 純米
定番中の定番ですが、本当に美味い。この味が分かる人は本物の酒飲み。ということで、焼酎好きなおっさん指数高めの人にはマッチしそう。
ぜひ肉料理と合わせてほしいですねえ。ちなみに温度帯は必ず燗でお願いします。必ず燗でお願いします。
最後に
初心者の方にお薦めするアプローチとして、普段飲む酒から導き出すというのはあまり他では見かけないのでやってみました。だいたい、低アルコールの澪とかすず音とか、フルーティでかわいいお酒を薦めがちですので。それはそれで全然いいんですけど、もうちょっと突っ込んでさらにクオリティの高い酒を飲んでほしいなあと思った次第。
ところで、あまりにメジャーな新政や十四代、獺祭、寫楽、而今、九平次、風の森、仙禽などはここで選んでも面白くないので外してますが、逆に「とにかく有名なのを飲みたい!」という方には無理せずその辺りの酒から始めてもらうのもアリだと思います。それも一つのアプローチ。
それではまた!