今回は中村佳穂の「きっとね!」を取り上げます。
初めて聴いた数か月前からずっと紹介したかったんですが、どうしてもピタっとくる日本酒が思い浮かばなくて。 最初はダジャレで紀土(きっど)にしようかなと思ったんですが、やっぱり酒と音のイメージが合わない。ここで半端に妥協したら、曲にも酒にも失礼かなと。それくらい大事にしたい曲なのです。
中村佳穂の来歴
中村佳穂は、1992年5月26日生まれの26歳(※)、京都出身のシンガーソングライターです。
2歳でのピアノとの出会いをきっかけに音楽と触れ合うようになり、20歳のときに作曲を開始。23歳には自身で歌うようにもなりました。
~中略~
くるり・岸田繁の指名を受け『京都音楽博覧会 presents MIYAKO MUSIK vol.1』に出演を果たすと、続く2016年には、日本一ポピュラーな音楽フェスと言っても過言ではない『FUJI ROCK FESTIVAL』に初出演。さらに翌年2017年には、tofubeatsやgroup_inouのimai、ペトロールズの作品に客演で参加、と、怒涛の快進撃を続けます。昨年2018年には、スペースシャワーミュージック内に自身のレーベル『AINOU』(アイノウ)も立ち上げました。
出典:ミーティア /中村佳穂を“ネクスト”ブレイクと呼ぶのは間違っている
※2019年6月現在では27歳
というわけで、現在大注目の才能なのです。
「きっとね!」の解説
「きっとね!」は、2018年11月に発売された2ndアルバム「AINOU」に収録。米津玄師はじめ著名人にも絶賛されて一気に知名度を上げました。恥ずかしながら私も今年に入ってから初めて知った一人。友人から教えてもらったのですが、生命感あふれるサウンドに一発で虜になりました。
大胆な転調
では曲の解説にまいります。
まず誰もが耳を奪われるのが、サビにおけるインパクトのある転調。
専門的な話になるのであまり詳しくは延べませんが、転調ってのはある程度決まったパターンがありまして(熟語や慣用句みたいなもんですね)一般的にはそれをうまく応用しながら作曲していくわけですが、この曲はそこに当てはまらない。あまり他の人がやらないタイプなんです。
まず移調の幅(E♭→D♭)がレア。1音下方に転調ってポップスではあんまりない。なぜなら、両方の調に共通するコード(ピボットコード)がないため相性が悪く、断絶感があって単純に気持ち良くないんですよ。
通常こういうときは、なるべくスムーズに転調できるよう、転調後の調性に属するコードを転調直前に配置するとか、ちょっとした仕掛けをすることが多いんですが、それもなくいきなりズバっと斬り込んでくる。超大胆。例えるなら楽しく談笑してたら、脈絡もなく急に激しく踊りだす人みたいな。
それゆえ、このような目の覚めるようなサビになるんですね。ただ、これは相当リスキーというかよほどのセンスがないと使えないワザでもあります。そもそも、そんな簡単にできるんだったらみんなやってるって話ですよ。
意外に泥臭い歌声
その洗練されたサウンドゆえに流し聞きしてしまうこともできてしまうんですが、アルバム「AINOU」をはじめとする彼女の他の作品を聞きこんでから「きっとね!」に戻るとまた違った側面に気づくことができます。
それはすなわち彼女の声。案外ブルージーで泥臭いんですよね。土着的というか。 この曲ではまだ抑えてる方なのかな。他の曲ではもっとこの泥臭さが前面に出てきています。
ただ、二流のR&Bシンガーのようにわざとらしく黒っぽさを出すわけではありません。情感に応じたナチュラルな表現として、きっちりリスナーの心を揺さぶってくる。
ここから、中村佳穂という人間の厚みや重層的な内面が滲み出ている気がします。
超王祿 無濾過中取り
そんな洗練と力強さと泥臭さ、大胆さを内包した複雑な曲に合う日本酒なんかあるんでしょうか。はい、あるんです。それがこの「王祿」。
島根で質実剛健な酒造りを続ける酒蔵で、特約店でしか買えないお酒です。
日本酒ファンには良く知られた銘柄ですが、これまで個人的にはあまりピンと来ていませんでした。店で何度か飲む限りでは、決して不味くはないけど、なんか辛くて地味で普通じゃね?くらいの感想。
しかし、それは単に私の舌がまだお子ちゃまだったからなんです。先日、初めて4合瓶を買ってじっくり向き合ってみたらこの酒の凄みがようやくわかりました。
確かに流行のフルーティ系のような派手さやキャッチーな甘みもないし、かといって純米系燗酒のようなぐわっとくる旨味のわかりやすさもない。ただ、繊細なのに、なぜか無骨で躍動感があるという矛盾した要素が同居しているのです。
このあたり、洗練と泥臭さを内包する「きっとね!」のイメージにぴったり重なります。
そして、この酒でもっとも特筆すべきは、ミネラルと骨格。イメージは固くがっしりした体躯の男性。中村佳穂はもちろん女性ですが、彼女のパワフルで骨太な音楽はことのほか男性的。
彼女の中のアニムス( 女性の無意識の中にある男性的な面)が表されているような気もしますが、まあそこまではもっと彼女の人となりを知ってからでないと分かりませんね。
まとめ
繊細、洗練、おしゃれ、派手すぎず質実剛健、泥臭さ、複雑さ、躍動感、こんなにややこしく入り組んだキーワード達がぴったりはまる酒と音楽なんてそうそうありませんよ。ぶっちゃけ、これまでこの企画は適当なものも多かったんですが、今回は間違いなくはまります。
どんな作品でもそうですが、多面的で複雑であるほど深みがでます。ただ、情報量が多いだけではもちろんダメで、明確な世界観があった上で、複雑な要素を共存させる絶妙なバランス感覚が必要です。そのバランスがギリギリであればあるほど、人はその危うさに惹かれるのです。
王祿も「きっとね!」もそれができている極めて優れた作品です。ぜひ騙されたと思って合わせて味わってみてください。
それではまた!