コラム

普通酒を復権させる必要性

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農水省発表の「日本酒をめぐる状況」という資料があります。H30年の状況を反映した最新のレポートが10月付でアップされていましたので、そちらを読み解きつつ、今後日本酒業界がとるべき方向性について考えていきます。

日本酒をめぐる状況(PDF)

※本記事のグラフはいずれもこちらの資料が出典です。

日本酒の出荷状況

まずは日本酒の出荷状況。

以前から言われていたことですが、日本酒全体の国内出荷としては年々落ち込んでおり昨年はついに50万klを切ってしまいました。20年前は113万kl以上あったんですから半分以下です。

落ちているのは普通酒

ただ、落ち込んでいるのは普通酒などの一般酒であって、実は特定名称酒はむしろ微増しているのが近年の傾向なんですね。つまり、量より質の時代へシフトした結果であると言えます。

なお、ここ数年微増していた特定名称酒もH30年は下降に転じています。しかし、よくよく内訳(右のグラフ)を見ると減っているのは本醸造と純米酒であることがわかります。純米酒は増えたり減ったりを繰り返しているので、ここだけで判断はできませんが、本醸造は着々と出荷量が減っているのが分かります。

つまり、本醸造は特定名称酒にカテゴライズされているとは言え、ユーザーからは普通酒と同じくアルコール添加されたダメな酒の扱いを受けているであろうことは容易に想像がつきます。

純米酒のニーズ

アル添が駆逐され、税法上はよりグレードが高い純米吟醸などにシフトしていっているということですね。言うまでもなく本醸造や純米が純米吟醸に劣るとは限りませんけど。しかし、悲しいかなアル添は不味いから純米しか飲まないという人は日本酒好きの間でもかなり多いのが実情です。

全量純米は難しい

純米酒のほうにニーズがあって、アル添が不人気なら、アル添をやめて全て純米酒にしちゃえばいいじゃない、という意見も出てくるでしょう。

事実、全量を純米酒に切り替えたり、極端なところでは全量生酛とか、そういった施策を打ち出している蔵も増えています。完全にクオリティ重視の施策ですね。それはそれで、流れを読んだ賢いやり方だと思いますが、じゃあすべての蔵がそっちの方向に舵を切れるかと言えば、そう簡単な話ではありません。

仮に現状の売り上げの5割を普通酒・本醸造酒が占めているとして、すべて純米酒以上に変えたとしたら何が起こると思いますか?

普通酒などのリーズナブルな酒を好んで飲んでいる層の多くは、安く酔える酒を求めています。仮にその蔵の普通酒がなくなったからといって、同じ蔵が造る価格の高い純米酒に手を出すでしょうか?別のメーカーの同じ価格帯の酒に移るだけですよね。

その結果、売り上げが落ち込むのは自明の理。切り替えた分が丸ごとすべてなくなるわけではないにしろ、ダメージは相当なものでしょう。普通に考えて経営は厳しくなります。

ターゲットの選定

じゃあどうしたらいいか。

まずは売るべき相手、ターゲットを明確にしましょう。

現状、普通酒のメインユーザーであるベテラン世代の人口は今後否応なしに減少していきます。その代わりに特定名称酒を好む若い人たちも増えてきてはいますが、減った分を補填できるほどではありません。

もちろん、既存ユーザーであるこれらの層に訴求する酒を継続して作ることは大切です。しかし、それだけでは限られた少ないパイの取り合いになるだけ。そこで新規開拓、つまり日本酒以外を好む層からパイを奪うことが必要になるのです。

リキュール層を取り込む

ここで、 酒類別出荷量のグラフを見てみましょう。日本酒が苦戦している中、明らかに伸びているやつがいますよね。

そう、リキュール類です。レモンサワーなどのチューハイや、甘いカクテル系、そして第三のビールを指します。コンビニでも最も幅を利かせている酒類ですね。

まずは、これらを好んで飲んでいる層を取り込むのが早道ではないでしょうか。

価格について

リキュール500mlを飲む人は日本酒だったらどのくらいの量が必要か。ここではアルコール含有量が同じであれば、同様の満足を得られるものとして計算してみます。

第三のビールを例にとるとアルコール度数は大体5%くらい。そうなると500ml中の純アルコール量は約20g。日本酒はアルコール度数が15%くらいなので、大体1合で約20gの純アルコール量を摂取することになります。

日本酒の普通酒が4合で1000円とすると1合あたり250円。一方リキュール類は500mlあたり150円から180円くらい。日本酒、ちょっと分が悪いですねえ。本当はもう少し値段を上げたいところですが、リキュール類に対抗するのであれば、4合1000円がギリギリのラインでしょう。

なお、大手の蔵が出しているパック酒などは4合で500円程度と格安のものも多くありますが、そこにはスケールメリットや設備の充実による人的コスト削減なども大きく影響しています。中小蔵が同じようにその価格を追随するのはかなり厳しいんです。

価格で負けている分は、味と品質でカバーするしかありません。「安く酔えれば何でもいい」から「この酒が飲みたい」という方向に持っていければこっちのものです。

ちなみに大手を貶すつもりは全くありません。大手のパック酒でも美味しいのはたくさんあります。でも、ここは心情的にも中小蔵にがんばってほしいじゃないですか。

現状、地方の小さな蔵が作る普通酒でもかなり美味しいものはいろいろとリリースされていますので、あとはそれをどうやって、このリキュール層に届かせるかですね。

純米系の層の消費量を伸ばす

もう一つ、少しずつ伸びてきている純米・純米吟醸系を好む層の全体的な消費量を伸ばす方向も考えたいところ。

日本酒業界が品質重視の方向に進むことは一見良いことに思えますが、その実、流行りの華やかな酒は、どうしても飲み飽きしてしまい、あまり量を消費できません。ですから、そこに頼っている限り、必然的に消費量は伸び悩んでしまうのです。

となると、ここでもやっぱり普通酒の出番なんですよ。日常酒として飲み飽きない普通酒や本醸造酒を純米・純米吟醸系を好む層にも飲んでもらうのです。

ただ、言うは易しですが、この層が持つ普通酒へのマイナスイメージは半端ないですから、相当ハードルは高くなります。

なんとか普通酒に対してもっとポジティブなメッセージを発するようにして、イメージを刷新できればいいのですが。

でも、三千櫻の「地酒SP」とか辻善兵衛の「Premium S」なんかは普通酒ですが、ちゃんとクオリティが高いイメージがありますから(実際最高に美味いんですが)、やり方次第だと思うんですけどね。

この辺はマーケティングやブランディングが上手な新政とかが率先して取り組んでほしいんだけど、あそこは全量純米生酛になっちゃったからなあ…。でも、今人気のある新政や仙禽なんかが、かっこいい普通酒を出したら、状況はかなり変わる気もするんですけどね。

まとめ

というわけで、とりとめもなくつらつらと書いてきましたが、これだ!という具体的なマーケティング手法はまだ思いつきません。ただ、現状の純米・純米吟醸(以上)を重視する方向性と並行して、リーズナブルな普通酒を推進していく流れも必要なんじゃないかと切に思うわけです。

皆さんはどうお考えになりますか?