刺身には日本酒が一番!と常識のように言われていますが、果たして事実でしょうか。実は「あんまり合わない…」と思っている方も多いんですよね。
そんな疑問にお答えすべく、刺身と日本酒の歴史から合わせやすい組み合わせまでを考察してみました。
いきなり結論
某SNSで目にした「刺身って実は日本酒と合わなくないですか?」というポスト。これねえ、日本酒の多様性を表してるとも言えますし、日本酒ペアリングの難しさを体現してる言葉でもあるんですよね。
で、いきなりですが結論から。刺身と日本酒は…合う場合と合わない場合がある!これが答えです。
なんて卑怯な答え!と自分でも思いますが、それ以外に言いようがないんだから仕方ない。
「刺身には日本酒」が広まった経緯
まず最初に考えていきたいのは、このポストをした方も抱いている疑問、なぜ世間では「刺身には日本酒」というステレオタイプな考え方がここまで浸透しているのか。
結論でも述べている通り、確かに合う場合もありますが、むしろ適当にチョイスすると外すことも少なくありません。なのになぜ、判で押したように刺身には日本酒だと思われているんでしょう。ちょっと歴史を紐解いてみましょう。
※このあたり、本題とは関係ないので興味のない方は読み飛ばしてください。
江戸の居酒屋
刺身が居酒屋のメニューに載るようになったのは江戸時代末期(文化・文政年間ごろ)で、醤油の普及に伴う流れだったようです。それ以前も刺身は食されていましたが、この頃ほどには一般的じゃなかったようですね。ちなみに醤油以前は酢や味噌、煎酒(いりざけ)をつけて食べていたそうですよ。
江戸の有名な諺(狂歌)で「酒は燗、肴は刺身、酌は髱(たぼ)」というものがあります。意味としては、酒を飲むなら燗をつけるべきだし、肴は刺身、お酌をしてもらうなら若い美人が最高だよねって何のひねりもないそのまんまですが、ここからも刺身は酒の肴として認められていたことが読み取れます。
ちなみにこの諺の初出は根岸鎮衛という旗本が江戸時代中期から後期にかけて珍談・奇談を集めた「耳嚢」という随筆集で、そこでの記載は「酒は燗、肴は火とり、酌は髱、 狆猫婆々子も出ぬがよし」となっています。
「火とり」が何なのか、火加減のことなのか、独り、つまり独酌を意味するのか、そのあたりは定かじゃないんですが、とにかくいつの間にか「火とり」から「刺身」に変わっていったのは間違いないようです。
刺し身の他にも「肴は気取り」という言い方もあるようですが、このあたりを追求しだすと、どんどん本題から外れていくのでこの辺で。
※参考図書:飯野亮一 著「居酒屋の誕生」/根岸 鎮衛 著「耳嚢」
日本酒は生臭さを消す
当時、主に刺身にされていたのはマグロで、今とは違って下魚扱いだったこともあり非常に安価で提供されていたようです。
輸送事情や冷蔵技術を考えると、江戸前とはいえ今よりは鮮度が悪く、生臭さも強かったと思われます。そんな生ぬるいマグロの刺身に合わせて、当時の雑味が多くて野暮ったい酒を水で薄めて飲むわけです。うーん、この取り合わせが諺になるほど美味かったとはどうしても思えないんですよね。
ただ、日本酒には魚の生臭さをマスキングする効果があります。あくまで推測でしかありませんが、これってもしかしたら、鮮度の落ちた刺身も日本酒と合わせると美味しくなる(食えるようになる?)というところからこの話が発展していった可能性もあるんじゃないでしょうか。
つまり、ストレートに美味しい取り合わせというより、イマイチな刺身をなんとか食べるための知恵だったのではないかと。まあ、わかんないですけどね。当時の感覚では充分美味しかったのかもしれませんし。
なお、魚介類の生臭さの原因となるのはトリメチルアミンという物質です。さらには頭が良くなるサプリでもおなじみ、不飽和脂肪酸のDHAやEPAが劣化してできる物質も生臭さの原因になると言われています。
それらを日本酒に含まれている成分が消してくれるので、その意味では確かに相性はいいんですよね。
最適な合わせ方
刺身も日本酒も多種多様
「刺身って実は日本酒と合わなくないですか?」というポスト、最初の結論でも述べたように、正解でもあるし不正解でもあります。
ここで問題になるのは、この方の言う刺身とはいったい何の刺身なのか、日本酒もどんな日本酒を指しているのかが曖昧であることです。
例えばマグロのトロと鯛では完全に別物ですし、当然日本酒の味わいも淡麗なものから濃醇なものまで様々な種類があります。もちろん温度帯でも大きく味や相性は変わります。そこを一緒くたに 「刺身」および「日本酒」と一言で済ましてしまうから話がおかしくなる。
ですからそういう意味で「刺身と日本酒は最高の相性」というのも「刺身と日本酒は合わない!」というのも、どちらも語弊があるんです。
味わいの同調
このサイトで再三再四、繰り返し述べていることですが、ペアリングを成立させるための基本は同調です。そして、そのためには両者の味わいの強さ、強度が同等である必要があります。
ここでは、刺身を赤身と白身、青魚の大きく3種類にわけて考えることにします。
赤身
マグロやカツオが代表的なところです。本来ブリやサンマ、イワシもこちらに含まれるんですが、ここでは青魚として別立てで後述します。
赤身魚は脂肪分がより多く、濃厚で旨みが強いのが特徴。調味料はしっかりとした醤油がよく合います。
ただし、トロなどではなくヅケなんかに使ういわゆる赤身になると鉄分を多く含むため、日本酒との相性はやや難易度が上がります。理屈はともかくとして鉄分は日本酒とあまり合わないのです。
赤身に合う日本酒
まず、着目するのは味の濃さ。赤身の強度に合わせて日本酒もそれなりにパワーのあるものを合わせたいですね。とはいえ、相手は所詮刺身。あまりにゴツいと酒が勝ってしまいますのでほどほどで。磨きすぎてない常温でいけるくらいの純米酒が無難ですかね。
そして香り。フルーティな吟醸香は魚の生臭さを助長することがありますので控えめなほうがいいですね。そうなると生よりは火入れかな。
また、マグロには軽く酸味がありますので、赤身でもマグロに合わせるなら、酸味のしっかりした山廃なんかも良いチョイスです。
まとめると、それなりにしっかりした火入れの純米系で香りは弱め、マグロだったら山廃もOKって感じでしょうか。ぶっちゃけ、香りの弱い火入れ純米なんて腐るほどありますので、銘柄はどれを選んでもそれなりに合うでしょう。ただ、いわゆる甘口は避けたほうがいいかもしれません。
一応、例として一本挙げるなら、比較的メジャーで入手しやすい春鹿なんかいかがでしょう。
参考
別サイトですが鰹に特化して書かせていただいた記事があるので参考にしてください。
⇒ 鰹の刺身・たたきに合う日本酒4選 – SAKE Street Online store
白身
白身の代表格は何といっても鯛、そしてヒラメ、スズキ。意外に知られていないんですが鮭も白身です。関西で刺身といえば、ほとんどはこれらの白身をイメージする方が多いようです。
言うまでもなく、あっさりしていて繊細な味わいが身上。あまり濃い口の醤油をつけてしまうと、ただ醤油の味が全てを支配してしまうので、薄口醤油か、塩で食べるのがベターですね。ポン酢醤油や、あまり一般的ではないですがレモン醤油(醤油にレモンのしぼり汁を1:1くらいで混ぜたもの)なんかも、上品な味わいを崩さずに良い引き立て役になってくれます。
白身に合う日本酒
味わいはすっきりした上品なものを。そうなるとどうしても吟醸系に寄っていくんですが、 基本的には赤身と同じで香りは控えめなほうが無難です。後述しますが香り系であれば薬味をたくさん使いましょう。
アル添にこだわりがないなら本醸造もいい選択だと思います。分かりやすいのは新潟淡麗系ですね。もっとも手に入りやすいメジャーなところで八海山の本醸造とか。
定番すぎて面白くないチョイスかも知れませんが、定番になるにはそれなりの理由があるんです。やはり、この万人受けする飲み口はすごいと思いますよ。
参考
別サイトですが真鯛の刺身に特化して書かせていただいた記事があるので参考にしてください。
⇒ 真鯛(白身魚)の刺身に合う日本酒4選 – SAKE Street Online store
青魚
傷みやすい=生臭くなりやすい魚といえば青魚。アジやサバ、サンマ、イワシなんかが代表的ですが、脂がのった新鮮なものは本当に美味しいんですよね。
刺身の場合は、臭み消しのため薬味と一緒に食べることも多いですが、いずれにしろ赤身だけあって素材の味わいは濃くしっかりとしています。
酢締めすることも多いので、酸との相性の良さは想像できると思います。白身で紹介したレモン醤油も非常に合います。
青魚に合う日本酒
味はしっかりしてるので酒にもそれなりの強度は必要。
臭みが強いことを考えるとややアルコールっぽさが目立つような本醸造は合わせやすいかも。この手の酒は単体だとイマイチでも、こういう臭みのある食材と合わせることで真価を発揮するケースも多いのです。
あとは酸ですね。必須ではないですが、酢締めをイメージして酸味の強い酒も面白いでしょう。ただし、甘酸っぱいジューシーなタイプはあんまり合わないかな。
ひとつ注意すべきは香り。これは赤身でも白身でも同じですが、生魚と合わせるなら香りは控えめな酒のほうが無難に合います。
一本紹介するなら海風土(シーフード)かな。広島の富久長さんが醸す、その名の通りシーフードと合わせることを意識した白麹のお酒。白ワインで言うところのシャブリですね。
アルコール度数は低いんですが、香りは穏やかで酸がかなり強いのでレモンをかけるイメージで合わせると面白いかと。
様々な刺身と日本酒を合わせるテクニック
そうは言っても、そこまで細かいことはやってらんないよ!というのが実情でしょう。刺し盛でいろいろな種類が一気に提供されることも多いでしょうし。
香り系日本酒なら薬味を使う
香り系日本酒は刺身と合わせるのが非常に難しい。吟醸香が魚の生臭さとケンカしちゃうんです。そんなときにおすすめしたいのがこれ。シソやワサビなどのジャパニーズハーブをたっぷりつけて食すんです。これによって一気に相性が近づきます。
濃い酒と白身なら酒に水かレモンを足す
白身に対して濃い目の酒しかない場合。白身の味を濃くすることは難しいので、酒を加工します。一番簡単なのは加水。ほんの数滴ずつ水を落として味を調整してみてください。レモンがあれば一滴二滴垂らしてみても面白いですよ。
軽い酒と赤身ならレモン醤油かポン酢
今度は逆で、味の強い赤身に対して、例えば八海山のようなすっきりした軽い酒しかなかった場合。醤油にレモンを混ぜてみてください。比率はお好みですが、醤油:レモンが1:1から2:1くらいで。レモンの代わりにポン酢でもいいです。赤身を軽く食べられるようになるので爽酒とも合わせやすくなります。
ちなみに、柑橘の香りは吟醸香とも相性が良いので、日本酒が香り系であった場合にも有効です。薬味と組み合わせれば最強ですね。
まとめ
というわけで、日本酒と刺身の相性を探ってきました。
当然と言えば当然の結論なんですが、合うも合わないも組み合わせ次第ってことで。逆に言うと、盲目的に刺身には日本酒!と言われているアレは正直疑わしいということはわかっていただけたかと。
それではまた!